クリニックを開業したときの妻の給料は?
- 2025.12.5|クリニック経営 成功への道

クリニックを開業したときの妻の給料はどう決めるべきか
クリニックを開業すると、驚くほど多くの先生が同じ質問を口にします。
「妻に給料を払っていいんでしょうか」
「払うならいくらまで許されるのでしょうか」
開業したばかりの先生は診療だけでなく、クリニックの経営、税務、労務といった新しい世界へ突然足を踏み入れることになり、たいへん忙しい毎日を送られる先生もいます。その中で、家族の協力は大きな支えになりますが、手伝ってもらったら当然お給料も発生するわけですから、「妻の給料をいくらにすべきか」という問題があります。
妻の給料が多すぎると、税務署から目を着けられる可能性があるからです。税務のルールには一定の枠組みがあり、その線引きを理解していないと後で痛い思いをすることもあります。
本コラムでは、所得税法上の「専従者給与」という制度を軸に、夫婦で運営するクリニックにおける給与の考え方や注意点を解説します。クリニック経営を支える家族の力を適切な給料として報いつつ、余計なリスクを生まないための知識としてご活用ください。
妻の給料に該当する専従者給与とは何か?
税務の世界でいう「専従者」とは、個人事業主である院長と生計を一にしている家族で、その事業に日常的に従事している人をいいます。典型例が、診療所の受付や経理補助を担う奥様です。
ここでのポイントは「専ら従事していること」です。
つまり、次のようなケースは専従者には該当しません。
- 週に1日だけ手伝う
- 別のパートがメインで、空いた日に少しだけ受付をする
- 名義だけで実際には働いていない
税法では、実態をとても重視します。専従者と認められるには、一般のスタッフと同様に「労働の実態」が必要で、机上の肩書だけでは認められません。しっかり働いていない家族に多くの給料を出すことは、脱税を疑われてしまう可能性もあります。
専従者に支払う給料は「専従者給与」と呼ばれ、個人事業の必要経費として認められる制度です。
専従者給与のルールと適正額
専従者給与として認められるには2つの大きなルールがあります。
ルール1. 税務署への届出が必要
税務署に「青色事業専従者給与に関する届出書」を提出していなければ、支払った給与は経費になりません。
クリニック開業時に提出するケースが最も多いですが、開業後に奥様が本格的に業務へ関わるようになったタイミングで提出することも可能です。
提出する書類は、紙1枚ですから、簡単なものです。この書類の提出を忘れると、奥様の給料が経費として認められませんから、知らないで申告をすると、追加で税金を支払うことになります。
ルール2. 給与額は「適正」であること
専従者給与は、税法上「適正額であること」が求められます。
この「適正額」という概念が、実務では最も悩ましい部分です。
専従者給与が少なければ問題になりにくいですが、多ければ税務署から疑われてしまうわけです。
専従者給与の適正額とは?
専従者給与の適正額とは「同じ仕事を外部の従業員に依頼した場合に支払うであろう金額」を目安に考えます。
例えば、受付兼レセコン入力、電話対応、雑務、簡単な経理補助を行う奥様であれば、その地域の医療事務パートの相場が参考になります。時給1,200円から1,500円程度であれば一般的で、週30時間働くなら月15万円から20万円前後が自然なラインです。
給与を高く設定しすぎると、税務署から「本当にその金額の価値ある仕事をしていますか」と疑われる可能性が高くなります。
適正額の判断ポイント
専従者給与が適正額かどうかは、次の状況からみて判断することとされています。
- 専従者が労務に従事する期間、労務の性質及びその提供の程度
- 自院に勤務している他の使用人に対する給与の支給状況
- 自院と同程度の規模の他院に勤務している人の給与の状況
- 自院の診療科及び規模並びに収益の状況
専従者給与の額は、これらのことや、①その専従者と同程度の能力のある他人を雇うとした場合に雇える金額であるかどうか、②その専従者が他院に雇われ、自院に専従するのと同程度の働きをした場合にどれだけの給与が貰えるか、というようなことを考えて、適正な額を決めなければなりません。
なお、各医院ともそれぞれ特殊性があることから、一定の金額基準を設けることは困難ですが、上記に照らして不相当に高額なものは、過大な専従者給与になり、必要経費として認められないことになります。
税務調査の現場では、実際の勤務表、LINEでの業務連絡、業務マニュアルの有無など「働いていた痕跡」も評価されます。感覚ではなく、形として残る管理が望まれます。
給与として認められない誤りやすい事例
専従者給与は便利ですが、運用を誤ると経費として否認されるリスクがあります。実務上よく見かける落とし穴を3つご紹介します。
1. 妻は働いていないのに給料だけ支払っている
働いていないのに給料だけ支払っているパターンは、もっとも典型的なNGパターンです。
「妻の生活費も兼ねて」という理由で給与扱いにしているケースは、税務署が最も強く疑う部分です。就業実態は必須条件です。
当事務所に、「妻は実際に働いていないが、給料を払っていた。税務調査が入るので何とかしてもらいたい」とご相談されるケースもありますが、当事務所としてはどうすることもできませんから、アドバイスとしては「追徴課税をお支払いください」となります。
2. 妻の給与額だけが急に跳ね上がる
妻の給与額だけが急に跳ね上がるパターンとは、例えば、開業時は月15万円だった給与がある月から突然30万円になるなど、理由のない大幅増額は否認リスクが高まります。
「今年はたくさん儲かったから、妻の給料を増額する」という理由は、税務署には通用しません。給与改定には、業務量や役割の変化、昇給のルールなど、合理的な理由が必要です。
3. 妻の出勤記録が曖昧
税務調査では、出勤簿の整合性が確認される場合があります。
「毎日同じ時間に出勤して同じ時間に退勤」など整いすぎている記録も不自然と判断される場合があります。実態に沿った管理が重要です。
毎日出勤していて「面倒だ」と思っても、出勤簿を正しく付けるようにしてください。
妻の「事務長扱い」は慎重に
奥様がいわゆる「事務長」のような、クリニック経営での広範囲かつ重要な役割を担われる場合に、高額な専従者給与を設定することがあります。
実際、専従者になる奥様は、受付業務や看護師業務だけでなく、採用計画、採用面接、スタッフからの悩み相談対応、給与計算、経営分析、HP原稿作成や更新、SNS対応など広範囲かつ重要な役割を担っているケースが多いです。この場合、妻の専従者給与は、事務長の給与相場を参考にしてもよいと思います。
役職名よりも大切なのは仕事内容です。役職名で税務署を納得させることはできませんので、妻の仕事内容を明確にしておいてください。
妻に給与を払うメリット
妻に払う給与は、適切に運用すれば、専従者給与は大きなメリットを持ちます。
院長の所得が分散され税負担の調整に役立つ
所得税は、所得が増えるほど税率が高くなる「累進課税」です。先生の給料は高額になりがちですから、税率も高くなります。そこで、先生のお給料を下げて妻の給料を支払うようにすると、妻の収入は低いので税率も低くなるため、家計全体で税負担を最適化できます。
家族の協力が経営の安定につながる
開業初期は仕事内容が多岐にわたるため、信頼できるパートナーの存在は大きいです。クリニックが儲かるようになれば、家計も豊かになるので、一所懸命に働いてくれます。
また、給与として支払うことで、家庭内でも役割分担が明確になり、責任範囲が言語化されるため、業務が円滑に進みます。
クリニックが忙しくなってきたら、妻が行っている業務をマニュアルにし、雇い入れたスタッフに任せるようにします。すると妻は、事務長が行うレベルの高い仕事に就いてもらうこともでき、スキルアップができてお給料を増やすことができます。
専従者給与をうまく活用するためのポイント
専従者給与をうまく活用するためのポイントをまとめると、次のようになります。
- 勤務時間、仕事内容を明文化する
- 給与は地域相場を参考に設定する
- 税務署へ「青色事業専従者給与に関する届出書」の届出を忘れない
- 出勤簿を付けるなど、「働いている証拠」を日常的に残す
このあたりを押さえておけば、税務調査でも過度に心配する必要はありません。もしご心配であれば、当事務所までお気軽にご相談ください。スポット的なコンサルティング支援にも対応しています。
妻の給料でよくある質問Q&A
①他に収入があっても専従者になれるか?
質問
「妻が自身の実家の会社役員になっていて報酬を受けている場合、妻を自院の青色専従者にして給与の支払額を必要経費にすることができるのか?」
回答
他に収入があるかどうかは専従者の条件とはなっていませんので、他に収入があっても、事業主の事業に専ら従事していれば事業専従者になります。
この「専ら事業主の事業に従事しているかどうか」の判定は、「事業に従事する期間がその年を通じて6ヶ月を超えるかどうかによること」とされています。
なお、事業専従者の従事する事業が年の中途で開業したり、廃業した場合、またはその専従者が年の中途で死亡したり、病気になったり、結婚したりした場合には、「専従者がその事業に事できる期間の2分の1を超えて専ら従事すれば良いこと」とされています。
従って、他に収入があっても、その収入を得るために、常時勤務を必要としない場合や、短時間従事すれば足りるような場合などで、クリニックに従事する期間がその年で6ヶ月を超える期間、専ら従事する場合には、その人は事業主の事業専従者となることができます。
②親族に支払った地代は必要経費になりますか?
専従者給与の話とは少し異なりますが、親族に支払う対価については留意する必要があります。
質問
「父から土地を借りて、そこに診療所を建て開業しようと考えています。父には世間相場並みの地代を支払うつもりですが、この地代は全額必要経費になりますか?」
回答
事業の用に使用するために、賃借した資産の使用料は、通常は、事業所得の必要経費になりますが、父親など親族が所有する資産を事業のために使用したことによって、その親族に支払う使用料については、次の通り取り扱われることになります。
(1)「生計を一にする」親族に支払う使用料については、事業の必要経費に算入されません。その反面、その親族がクリニックから支払いを受ける使用料収入はないものとみなされ、また、その資産について生じた費用(例えば、固定資産税、減価償却費等)は、あなたの所得を計算する上で必要経費に算入することになります。
(2)「生計を一にしていない」親族に支払う使用料については、一般の使用料と同様に取り扱われます。したがって、支払った使用料は事業の必要経費となり、一方、その使用料はその親族の所得となり、別個に課税されます。
なお、ここで「生計を一にする」というのは、必ずしも同一の家屋に起居していることを必要としないことになっていますが、同一の家屋に起居している場合には、明らかに互いに独立した生活を営んでいると認められる場合を除いて、その親族は「生計を一にしている」ものとして取り扱うことになっています。
まとめ
奥様に給与を支払うことは、クリニック経営にとって大きなメリットがあります。しかし、それはあくまでも「妻がクリニックで働いている実態があること」が大前提です。また、妻の給与の金額は、役割に応じて第三者が見て納得できる世間相場並みの金額になっている必要があります。
クリニックの運営は医療と事務の両輪で成り立っています。家族の協力を大切にしながら、制度を正しく理解し、長く安心できる経営基盤を作っていきましょう。
専従者給与についてご相談されたい方は、お気軽に平井公認会計士事務所へお尋ねください。オンラインで全国のクリニックからのご相談に対応しています。


