クリニック開業は新規か承継か迷っている先生へ:判断基準を会計士が解説
- 2026.06.9|クリニック経営 成功への道
「クリニックは新規開業か、承継開業か」――開業を具体的に考え始めた先生が最初にぶつかる問いです。
「承継の方が患者数が最初から確保できて安心」「新規なら自分のカラーでゼロから作れるメリットがある」。このような漠然とした印象だけで、どちらが自分に向いているかを判断しようとしている先生は少なくありません。
しかし、その判断が誤っていると、どれだけ医療技術に自信のある医師であっても、経営の足元を大きく揺さぶられ、「こんなはずではなかった」となります。
平井公認会計士事務所はこれまで、新規開業と承継開業の両方を数多く支援してきました。その実務から言えるアドバイスは一つ――
「初期コストの安さ」だけで選ぶのは、最も危険な判断です。
大切なのは、初期コスト・資金繰り・税負担・リスクの質・診療科との相性という5つの視点を総合的に比較した上で、先生のライフプランに合う方を選ぶことです。
本コラムでは、その比較を数字を使いながら、わかりやすく丁寧に解説します。
まず前提として:「承継」には2種類ある
承継開業と一口に言っても、「個人クリニックの継承」と「医療法人の継承」の大きく2つのパターンがあります。この違いによって、かかるコストも税務の処理も大きく異なります。まずは、この2つのパターンの意味と特徴を解説いたします。
個人クリニック(個人診療所)の承継
1つ目のパターンは、前院長が個人事業主として運営していたクリニックを引き継ぐケースで、「のれん(営業権)」を売買することが多いです。
ここで「のれん(営業権)」とは、クリニックが長年かけて築いてきた患者数・地域の認知度・ブランド力といった、貸借対照表(バランスシート)には載らない「目に見えない価値」のことです。
「のれんはいくらで買える?」ということですが、一般事業会社のM&Aでは、EBITDA(イービットディーエー)という基準で算出された金額の3~5年分程度が相場とされています。EBITDAとは、税引前・利払前・減価償却前の利益のことです。利益を稼ぐ力をシンプルに示す指標です。
しかし、クリニックの場合は事情が異なります。
患者さんの来院動機の多くが「あの先生に診てもらいたい」という院長個人への信頼――つまり属人性――に基づいているため、院長が交代すると患者さんが離れるリスクが一般企業より格段に高いのです。
そのため、個人クリニック・医療法人いずれの承継においても、実質利益(院長所得・役員報酬含む)の1年分程度が営業権の相場とされています。「患者さんが次の先生についてきてくれるか」という不確実性を価格に折り込むことが、医療ならではの特徴です。
医療法人の承継
医療法人の理事長の地位を引き継ぐケースです。出資持分の有無(平成19年3月以前設立か否か)によって法的・税務的な構造が大きく変わり、退職金の設計や基金返還請求権の処理など、専門家の関与が不可欠です。
本コラムでは、勤務医の先生が「自分のクリニックを持つ」という文脈での比較に絞り、主に個人クリニックの承継を中心に解説します。ただし、後ほど解説する視点③の税負担の比較では、承継開業の税務上の特徴を理解していただくために、医療法人承継の繰越欠損金についても触れています。医療法人の承継全般については別途コラムで詳しく解説していますので、そちらもあわせてご参照ください。
視点① 初期コストの比較:「安いか高いか」は単純ではない
「承継の方が新規より安い」という言葉をよく耳にしますが、これは必ずしも正しくありません。
新規開業には内装・設備工事・医療機器の購入費が丸ごとかかります。一方、承継開業には「のれん(患者数や知名度といった目に見えない価値)」の代金が発生します。
スタッフの退職金相当については、実務上は売買価格から控除する形で譲渡側(前院長)が負担するケースが多いですが、契約内容によって異なるため事前確認が必要です。
主な費用項目
以下の表で主な費用項目を比較してみましょう。
| 項目 | 新規開業 | 承継開業 (個人クリニック) |
|---|---|---|
| 内装・設備工事 | 2,000万~1億円超(診療科による) | 改修費用のみ(数百万~) |
| 医療機器 | フルで新規購入 | 引継ぎ(ただし老朽化リスクあり) |
| のれん(営業権) | なし | 数百万~5,000万円程度(患者数・立地による。5,000万円は相場感として高い方) |
| 退職金(スタッフ引継ぎ分) | なし(0からのスタート) | 実務上は売買価格から控除し譲渡側(前院長)が負担するケースが多い。ただし契約内容による |
| デューデリジェンス費用 | なし | 数十万~(会計士・弁護士報酬) |
| 合計感覚(内科・標準規模) | 8,000万~1.5億円程度 | 6,000万~1.5億円程度(案件による) |
※ 上記はあくまでも概算イメージです。診療科・立地・設備規模によって大きく変動します。
重要なのは、「表面上の承継価格(のれん代)だけを見て新規より安いと判断する」のが危険だということです。
承継後に発生しうる隠れたコスト
承継後に発生しうる隠れたコストとして、
- 老朽化した医療機器の買替費用
- 内装のリフォーム費用
- 前院長時代のスタッフを引き継いだ場合の将来退職金負担
- 競業避止に関する法務費用
――これらを合算して初めて、新規との真の比較ができます。
平井公認会計士事務所では、承継案件のデューデリジェンス(資産・財務状態の精査)を行い、見えないコストを含めた「真の承継コスト」を算出した上で、新規開業との費用や収支をシミュレーションし、有利な方がどちらなのかをトータルの数字で比較します。
視点② 資金繰りの比較:「魔の3ヶ月」の深刻度が違う
クリニック開業直後の最大の難関は、「診療報酬の入金が診療月の2ヶ月後になる」という構造から生まれる「魔の3ヶ月」です。この期間は支出だけが先行し、現金収入がほとんど入ってこないため、手元の現金が急速に減っていきます。
新規開業の場合、患者数がゼロからスタートするため、この「魔の3ヶ月」は最も深刻です。
一方、承継開業では前院長の患者が一定数来院してくれるため、収益の立ち上がりが早くなる可能性があります。しかし、前述の前院長についていた患者様が離れていくと、せっかくの収益が減少してしまうリスクがあることも忘れてはなりません。
| 視点 | 新規開業 | 承継開業 |
|---|---|---|
| 開業初日の患者数 | 0人(ゼロスタート) | 前院長の患者が一定数います |
| 「魔の3ヶ月」の深刻度 | 非常に深刻(現金収入がほぼゼロ) | 軽減されるが、隠れコスト出現のリスクあり |
| 運転資金の目安 | 2,000万円以上を確保したい | 1,500万円程度が目安(ただし案件次第) |
| 収益の安定化時期 | 1~3年(立地・診療科による) | 比較的早期(患者数維持率次第) |
※ 運転資金の目安は内科・標準規模を想定した概算です。整形外科など固定費の大きい診療科はより多額の運転資金が必要です。
平井公認会計士事務所で開業支援するときは、新規・承継いずれの場合でも、「最悪の患者数からスタートしても資金が底をつかない計画」を開業前に必ず作成します。月間固定費の10倍程度の手元資金(融資+自己資金)を確保することが、経営安定の出発点です。
視点③ 税負担の比較:承継には「節税の恩恵」がある
承継開業には、新規開業にはない税務上のメリットが存在します。ここが、初期コストだけでは見えてこない「承継開業の真価」です。
のれんの5年間償却による所得税圧縮
個人クリニックを承継した場合、支払ったのれん代(営業権)は税務上の「資産」として計上され、承継後から5年間にわたって毎年均等に経費(償却)として認められます。
たとえばのれん代が5,000万円の場合、毎年1,000万円が経費として差し引けるため、所得税を大幅に圧縮できます。税率が最高55%(所得税45%+住民税10%)に達する高所得の先生にとっては、年間550万円規模の節税効果が5年間続く計算になります。
👉 国税庁「No.2260 所得税の税率」
繰越欠損金による「法人税ゼロ期間」(医療法人承継の場合)
医療法人を承継する際、前理事長に対して多額の退職金を支払うと、法人の帳簿上に大きな赤字(欠損金)が発生します。
この赤字は翌年以降、最大10年間にわたって繰り越して将来の利益と相殺できます。その結果、数年間にわたって法人税を一切払わなくて済む「無税期間」が生まれることもあります。
承継時の退職金を適切に設計することで、新理事長にとっては承継後しばらく節税効果が続くという、承継開業ならではのメリットとなります。
| 税務上の特徴 | 新規開業 | 承継開業 |
|---|---|---|
| のれん償却(節税効果) | なし | 5年間で均等償却 ➜ 所得税を大幅に圧縮 |
| 繰越欠損金(無税期間) | なし(開業初年度は赤字でも一般的な処理) | 退職金支給により大きな欠損金が生じ、最大10年間繰越可能 |
なお、開業費の計上については、個人クリニックの承継と医療法人の承継で扱いが異なります。
個人クリニックの承継では、前院長が廃業し新院長が開業する扱いとなるため、開業前費用を任意のタイミングで経費化する「開業費」の計上が活用できます。一方、医療法人の承継では法人は承継前から存続しているため、開業費の計上は適用できません。
これらの節税効果を含めたトータルキャッシュフローで比較すれば、「新規と承継の初期コストが同程度」であっても、承継の方が開業後数年間の手元資金が豊かになり、資金繰りが楽になるケースも少なくありません。
視点④ リスクの質が違う:どちらがより怖いか
新規開業と承継開業は、抱えるリスクの「種類」が根本的に異なります。どちらのリスクが大きいかではなく、「先生自身がどちらのリスクをより許容できるか」が判断のカギになります。
新規開業のリスク:「患者数が増えない」恐怖
- 患者がゼロから始まるため、収益が安定するまでの期間が読みにくい
- 認知度ゼロからスタートし、1~2年以上、資金繰りが厳しい状態が続く場合があります
- 立地選定の失敗は、移転がほぼ不可能なため取り返しがつきません
- 知見の乏しい開業コンサルタントや業者の言いなりになると、過剰な設備投資で開業前から資金繰りが悪化するリスクがあります
承継開業のリスク:「負の遺産を引き継ぐ」恐怖
- 老朽化した医療機器や建物の修繕費が、承継後に突然発生することがあります
- 前院長のスタッフを引き継いだ場合、給与設定・退職金・労務問題が潜在していることがあります
- 定期借地権の残余期間が短いと、先生が引退するまでその場所で診療できないリスクがあります
- 前院長が引退後に近隣で診療を続けると、患者がそちらに流出するリスクがあります(競業避止条項の確認が必須)
- 「持分あり」医療法人の場合、出資持分の譲渡価額の設定次第では、多額の贈与税が課されるリスクがあります。
「持分あり」医療法人では、前理事長が保有する出資持分(法人財産に対する権利)を後任の理事長に譲渡する際、その持分の評価額(税務上の適正価額)より著しく低い価額で売買すると、差額が「贈与があった」とみなされ、買い手(新理事長)に贈与税が課税されるリスクがあります(相続税法第7条のみなし贈与)。
例えば、評価額が1億円の持分を「親族間だから」「引き継いでほしいから」という理由で1,000万円で譲渡した場合、差額の9,000万円に対して贈与税が課税される可能性があります。この評価額は法人の純資産(積み上げてきた利益も含む)を基に算定されるため、長年経営が安定していたクリニックほど評価額が膨らみやすく、注意が必要です。
クリニックの仲介会社が提示する承継案件の数字は、往々にして楽観的です。「患者数○○人」「売上○○万円」という数字だけでは、負の遺産がわかりません。患者数や売上だけでなく、実態の財務状況・設備の状態・スタッフの構成・土地の契約内容――これらを専門家の目でチェックしなければ、リスクを正確に評価することはできません。
承継開業の場合は特に、契約締結前の段階で公認会計士・税理士・弁護士によるデューデリジェンス(財務・法務の精査)を必ず行うことを強くおすすめします。当事務所でもデューデリジェンス(オンラインで全国対応)を行っているので、心配な方はご相談ください。
視点⑤ 診療科別の向き不向き
新規と承継のどちらが有利かは、立地・競合状況・案件の内容によっても大きく変わるため、一律に断言することはできません。ただし、診療科の特性として参考になる傾向をいくつか挙げます。
- 一般内科:かかりつけ医として長年通院する患者が多く、院長が変わると患者が離れるリスクがあります。居抜きで引き継げる物件では内装コストを大幅に抑えられる場合もあります。一方で、承継後に患者数が想定より減少するリスクも念頭に置く必要があります。
- 整形外科・眼科:初期投資が2億円規模になることも珍しくなく、近年の物価高・建築コスト上昇もあり、新規開業の採算ハードルが高い診療科です。設備・スタッフを引き継げる承継はコスト面でメリットがある場合があります。ただし、高額な医療機器を扱う科目なため、医療機器の老朽化チェックは必須です。
- 心療内科・精神科:設備投資が比較的軽く、新規でも開業しやすい診療科です。一方、患者と医師の信頼関係が強いため、院長交代後に患者が離れやすい特性もあり、承継の場合は患者引継ぎの見込みを慎重に精査する必要があります。
いずれの診療科においても、承継・新規のどちらが有利かは、案件の内容・立地・競合状況・先生の資金力によって大きく変わります。傾向はあくまでも参考情報として捉え、個別の案件を専門家とともに精査することが重要です。
先生はどちら向き? 簡易チェックリスト
以下のチェックリストを参考に、先生のスタイルに近い選択肢を把握してみてください。あくまでも入口の目安ですが、専門家への相談前の「自己診断」として活用できます。
| チェック項目 | 「Yes」なら…… | |
|---|---|---|
| 1 | 初日からある程度の患者数・収入を確保したい | ➜ 承継開業が有利 |
| 2 | 自分のカラーのクリニックを一からつくりたい | ➜ 新規開業が向いている |
| 3 | 整形外科・眼科など初期投資の大きい診療科である | ➜ 承継で機器・スタッフを引継ぐメリットを検討する価値あり |
| 4 | 自己資金が少なく、融資負担をなるべく軽くしたい | ➜ 承継案件の方が初期投資が抑えられる場合がある(ただし要精査) |
| 5 | 開業後3~5年の税負担を下げたい(節税を重視) | ➜ のれん償却・繰越欠損金が使える承継が税務上有利 |
| 6 | 前院長のスタッフや設備に縛られたくない | ➜ 新規開業の方がゼロからの設計ができる |
| 7 | 良質な承継案件が見つかっている(立地・患者数・財務状態が良好) | ➜ 新規より承継を優先して精査する価値あり |
「Yesが多い方向」を参考にしつつ、必ず専門家のデューデリジェンスを経た上で最終判断を行ってください。このチェックリストはあくまでも思考の入口です。個別の状況によって正解は変わります。
まとめ:先生のライフプランと財務状況による判断を!
新規開業と承継開業の違いを、5つの視点から整理しました。
- 初期コストは「のれん代・退職金・隠れコスト」を含めたトータルで比較する
- 資金繰りは新規の方が「魔の3ヶ月」の影響が深刻になりやすいが、承継も隠れコストで資金が想定外に減るリスクがあります
- 税負担面では、承継特有の「のれん償却」「繰越欠損金」という節税メリットがあります
- リスクの質は根本的に異なる。新規は「患者数が増えないリスク」、承継は「負の遺産リスク」
- 診療科によって傾向はあるが、承継・新規のどちらが有利かは案件・立地・競合状況によって異なるため、個別に精査が必要
「どちらが絶対に正解」という答えはありません。大切なのは、先生のライフプランと財務状況に合った判断を、正確な数字と専門家の目を借りながら行うことです。
【開業を検討中の先生へ:無料相談のご案内】
「新規と承継、自分の診療科ではどちらが有利か試算してほしい」「目の前の承継案件が本当に良い案件かどうかを専門家に見てほしい」――そのようなお悩みをお持ちの先生は、ぜひ平井公認会計士事務所にご相談ください。
医療専門の平井公認会計士事務所は、医科クリニックに専門特化した公認会計士・税理士事務所です。約100件の顧問先データをもとに、新規・承継両面での現実的なシミュレーションをご提供します。承継案件のデューデリジェンスから開業後の税務戦略、医療法人化のタイミングまで、一貫してサポートいたします。オンラインでの無料相談も承っております。
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※ 医科特化のため、歯科の先生は原則対応しておりませんのでご了承ください
(受付時間:9:00~17:30 土・日・祝を除く)
こちらのコラムもご参照ください。
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クリニックを承継開業すると、実質的なコスト低下要素に加え、初日から患者様がいるという収益の安定性があります。勤務医の先生の多くは、新規開業と承継開業の初期コストだけで判断しがちですが、定期借地権や承継後の追加投資、退職金、契約内容などを入念にチェックしておかないと、後でトラブルになることが多いです。
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